笑ってくたばるヤツもいる

welcome to my Blog ~  スポーツねたを中心にオタ話をつらつらつらと書いていきます。  ~ 

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Title  - Good-Bye Forever エディ・ゲレロ -

WWEで訃報! エディ・ゲレロが死去


WWEで“ラティーノ・ヒート”として知られるスーパースター、エディ・ゲレロが現地時間13日朝、滞在先の米国・ミネソタ州ミネアポリスのホテルで急死した。享年38歳。エディはこの日の夜に開催されるWWEの大会に出場予定で同地に滞在していたが、モーニングコールに応じないため不審に思った関係者が部屋に入ったところ、すでに亡くなっていたという。スポーツナビ


余りにも突然のエディの死!
ネットで初めてこのニュースを知ったとき何かの誤報ではないかと暫く信じられなかった。

はてなダイアリーにあった内容を引用。

■Eddie Guerrero (Eduardo Gori Guerrero Llanes)

* WWEに所属するレスラーの一人。

メキシコ・チワワ県ファレス生まれ、アメリカ・テキサス州エルパソで育つ。現在はフロリダ州タンパ在住。
父にゴリー・ゲレロ、兄にチャボ・ゲレロ・シニア、マンドー、ヘクターを持つ、レスラー一家の生まれ。
日本では新日本プロレスで、二代目ブラックタイガーとして活躍。
2004年に開催されたPPV「ノーウェイアウト」でブロック・レスナーを破り、WWE王座を戴冠。
(WWE王座は、同年の「グレート・アメリカン・バッシュ04」でジョン・ブラッドショー・レイフィールドに移動)
2005年11月13日、ホテルで急死。享年38歳。


オイラがWWEの日本興行を見に行くようになってからWWEヘビー級王座となったエディ。⇒その映像はこちら

これまで3回生で試合を見ることが出来たのは幸いだった。どの試合も見るものを楽しませてくれたと思う。

 2004年7月17日(土)日本武道館
  ジ・アンダーテイカー、エディ・ゲレロ○ VS カート・アングル、●ジョン・ブラッドショー・レイフィールド
pict15.jpg

 2005年2月5日(土)さいたまスーパーアリーナ 
  エディ・ゲレロ○ VS ●ケンゾー・スズキ

 2005年7月2日(土)さいたまスーパーアリーナ
  エディ・ゲレロ●、カート・アングル●、エッジwithリタ● VS ○レイ・ミステリオ、○アンダーテイカー、○ケイン

来年2月の横浜大会を楽しみにしてたのに残念!
ご冥福をお祈りします。



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Date:2005/11/15/Tue(00:00)  CO:0  TB:0  CA:プロレス・格闘技   

Title  - 健想vs元彌 in 「ハッスル・マニア」 -

ケンゾー・ススギが元彌と対戦!

ちょっと古いネタだけど、11/3のハッスル・マニアでWWEから締め出された鈴木健想と狂言界から締め出された和泉元彌がハッスル・マニアで対戦することが決定した。

「ハッスル・マニア2005」(11月3日 神奈川・横浜アリーナ)で健想と和泉元彌のシングルマッチが正式決定した。21日、米国から帰国した鈴木健想とマネジャーの浩子夫人が成田空港で緊急記者会見を行い、狂言・和泉流二十世宗家の和泉元彌からの対戦要求を受けると発表した。
 この結果、スペシャルマッチで健想と元彌のシングルマッチが決定したが、浩子夫人は「私もいることですし、あちらにはお母さんもいらっしゃるわけですから」とタッグ対決を示唆。「お母さんが上がるのであれば、私もリングに上がります。着物対決でもいいですよ」と母・節子さんを挑発した。
im00024331.jpg

スポーツナビ


確かに和泉元彌と対戦すれば、健想が対戦相手として一般なマスコミに取り上げられるのは間違いないだろうけど、どうなんだろう? きっと健想自身はそんな役回りしか回ってこないような気がする。

まぁ、それが今後の健想の活動の第一歩といえばそんな気もするけど…

元彌は高田モンスター軍に勧誘されるらしいけど、そうなると健想はハッスル軍か?
うまく健想が継続参戦とでもなれば、健想がインリン様にうつつを抜かしてヒロコが怒りまくるというWWEで起きたようなストーリーも可能か?

ちょっと前まではハッスル・マニアに期待して見に行ってもとも思ったけど、メインもイマイチでキャプテン小川の話題があがらないし、2月にはWWE・スマックダウンが来日してくるから、どうしようか迷うところである。

色んな意味で悩ましい「ハッスル・マニア」である。




Date:2005/10/23/Sun(00:00)  CO:0  TB:0  CA:プロレス・格闘技   

Title  - 川田、インリン様をエスコート! -

ハッスルKこと川田利明が、ハッスル12にて盟友小川を裏切ってモンスター軍に寝返った。

">“ハッスルK”川田がモンスター軍に寝返った。10日、愛知県体育館で「ハッスル12」が開催され、メーンで“キャプテン・ハッスル”小川直也、“ハッスルK”川田利明のハッスル軍と、インリン様、RAIJIN、FUJINのモンスター軍が2対3のハンディキャップマッチが行われた。
 8日に行われた「ハッスル・ハウスVol.9」で、高田総統から「『ハッスル12』でインリンに勝てば一騎打ちを受ける」という約束をとりつけた小川は気合十分。インリン様をスリーパーホールドで失神に追い込んだ。しかし、勝利目前と思われたそのとき、川田がまさかの裏切り。STOを狙った小川にジャンピング・ハイキックを叩き込むと、最後は顔面へのランニング・キックでKOした。川田にムチを渡されたインリン様は、川田と手をつなぎながら小川を踏みつけ「ハッスル7」に続きフォール勝ちを奪った。im00021616.jpgスポーツナビ

メーンハッスル ハッスル軍vsモンスター軍 2対3ハンディキャップマッチ
『“キャプテンハッスル”小川 直也●、“ハッスルK”川田 利明 VS ○インリン様、FUJIN、RAIJIN』


とうとうハッスルマニアに向けて最高のお膳立てが出来たように思う。
インリン様やレイザーラモンHGの投入でプロレスファン以外の開拓には色々成功しているようにも思えるが、肝心の試合が最近イマイチのように思えてならなかった。
モンスター軍も増殖に増殖を繰り返す割には核となるレスラーは見当たらないし、キャプテンハッスル小川もハッスルKがいて安心しているのか相変わらずしょぱいままのようなので、この裏切りはすごく良い展開になると思う。

ハッスルマニアに行こうか迷っていたが、これならカード次第では行ってもいいかな?って気になった。

しかし川田はあんな無愛想な顔をしながらなかなか器用だと思う。今回はインリン様の『M字ビターン』をエスコートするのだから…
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Date:2005/09/12/Mon(00:00)  CO:1  TB:0  CA:プロレス・格闘技   

Title  - DESTINY 2005雑感 -

暫く更新していないうちに色々な事があったけど、7/18にあったNOAHの東京ドーム大会「DESTINY 2005」の雑感を…

当初見に行くか迷いに迷ったが、結局WWEの公演を見に行ったので今回はテレビ観戦のみとした。
7/18の深夜の2時間半の特番で、日テレも久々に力を入れたプロレス中継という感じだった。内容は最後の3試合を中心にうまくまとまっていたと思う。メインの三沢VS川田の試合が最初というのはチョッと意外だったけど。

見た順に簡単な感想を…

『三沢 光晴○ VS ●川田 利明』
thumb_im00017929.jpg


昔の全日時代での名勝負の再現。結果は順当に三沢の勝ち。
久々に三沢の顔面攻撃を受けての信じられない鬼の形相での起き上がりが何度も見られた。
三沢VS川田は最後はチョッピリ物悲しく感じるのも昔さながらだった。

それにしても三沢は最近懐古の傾向にあるのが悲しい。故冬木、天龍、越中、川田といって対戦したけど、結局単発に終わっているような気がする。

『小橋 建太○ VS ●佐々木 健介』

剛腕対決と言われた2人の初対戦。途中2人の延々と続く水平チョップの打ち合いが見事だった。

『小川 良成● VS ○天龍 源一郎 』

元天龍同盟同士、師弟関係の対戦。小川がGHCの王座につこうが、天龍が貫録勝ち。呆気なく終わった対戦だったが、天龍が小川に肩をかし、一緒に花道を引き上げて締まった感じになった。

気になったのはセミもメインも試合後マイクを握ったのが敗者の佐々木と川田で勝者のNOAH本隊の小橋、三沢は観客にアピールしなかった点だ。小橋は兎も角、三沢にはもう少しアピールして欲しい所だった。テレビで見ていただけなので、実際の会場でどうだったかは不明だけど…

他の試合はダイジェストだったけど、ムシキング・テリーの参戦もあり子供を惹きつけたのが功をそうしたのか6万2000人を動員したらしい。
他の団体もこの興行を見習って欲しいと痛感した。

Date:2005/07/24/Sun(23:20)  CO:0  TB:1  CA:プロレス・格闘技   

Title  - Good-Bye Forever 橋本真也 -

破壊王、橋本真也が7/11に急逝。

“破壊王”のニックネームで親しまれたプロレスラーの橋本真也さんが11日午前、横浜市内の市立大付属市民総合医療センターで死去した。40歳だった。死因は脳幹出血とみられる。

11日の午前9時前に橋本氏から所属事務所に「頭がフラフラする」と電話があり、救急車で運ばれたときには、すでに心肺停止していたという。伊藤弁護士によれば、「以前から不整脈があり、心臓が原因ではないかと思った」というが、診断の結果、死因は脳幹出血とされた。(スポーツナビ




同じスポーツナビに橋本真也の経歴紹介があったので引用。

■橋本真也(はしもとしんや 本名同じ)
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1965年7月3日生まれ。岐阜県土岐市出身。愛称は「破壊王」。得意技はキック、袈裟切りチョップ、垂直落下式DDT 。高校時代から柔道で活躍し、84年4月に新日本プロレスに入門。同年9月1日に練馬区南部球場での後藤達俊戦でデビューした。87年に海外遠征へ出発し、帰国した89年から同期の蝶野正洋、武藤敬司とともに“闘魂三銃士”として活躍。新日本プロレス時代には第11代、第14代IWGPヘビー級王座に君臨し、98年にはG1 CLIMAX初優勝を飾った。00年4月7日の東京ドーム大会で小川直也に敗れ、一度は引退したが、ファンの復帰嘆願を受けて引退を撤回。同年10月9日の東京ドーム大会で復帰した。しかし、試合後、橋本は独立を宣言し、11月13日付で新日本プロレスを解雇。新団体「ZERO-ONE(ゼロワン)」を設立し、01年3月には、元新日本の大谷晋二郎らと旗揚げ戦を行った。その後はノア、全日本プロレスなど他団体に進出し、03年には三冠ヘビー級王座を獲得するなど順調なレスラー生活を送り、04年1月からは新イベント「ハッスル」に参加。盟友小川直也とともに“ハッスル・キング”として活躍した。04年9月に長年酷使してきた右肩の故障で長期離脱していたが、突如11月25日にZERO-ONEの活動停止を宣言。会社の負債を自ら被った橋本は、右肩の手術に踏み切りフリーのプロレスラーとして復帰を目指していたが、05年7月11日、脳幹出血により40歳の若さで急死した。04年8月31日に藤原喜明とタッグを組み、NWAインターコンチネンタルタッグ王者の大谷晋二郎と大森隆男組と対戦したのが最後の試合となった。


橋本は闘魂三銃士の中で一番新日に貢献していたと思う。武藤はムタをやったりかなり好き勝手な事をやっていたし、蝶野は組織内で反体制をやる事で人気があったのに対し、橋本は本隊の中でしっかり長州体制を守っていたと思う。
それが過去の対戦の結果を見ても明らか。

 橋本VSトニー・ホーム
 橋本VS天龍源一郎
 橋本VS小川直也  
  それぞれ何度も対戦して勝ったり負けたりしていた。

3度のIWGP戴冠
 第14代 
 ▽王座奪取
 1993年9月20日 vsグレート・ムタ(20:30 片エビ固め)
 ▽防衛戦
 1 1993年12月10日 vs武藤敬司(28:57 片エビ固め)
 2 1993年12月13日 vsP・ウォリアー(25:17 片エビ固め)
 3 1994年 1月 4日 vs蝶野正洋(28:00 片エビ固め)
 4 1994年 3月21日 vsS・ノートン(18:55 片エビ固め)

 第16代 
 ▽王座奪取
 1994年 5月 1日 vs藤波辰爾( 6: 0 4 体固め)
 ▽防衛戦
  1 1994年 6月 1日 vs藤原喜明(12:15 片エビ固め)
  2 1994年 6月15日 vs長州力(10:52 片エビ固め)
  3 1994年 9月23日 vsP・ウォリアー(19:08 片エビ固め)
  4 1994年 9月27日 vs蝶野正洋(13:48 裏十字固め)
  5 1994年12月13日 vs馳浩(29:11 片エビ固め)
  6 1995年 1月 4日 vs佐々木健介(19:36 片エビ固め)
  7 1995年 2月 4日 vs天山広吉(17:2 片エビ固め)
  8 1995年 2月19日 vsS・ノートン(15:35 逆肩固め)
  9 1995年 4月16日 vsL・S・リーガル(19:03 腕ひしぎ逆十字固め)
 ※王座返上。

 第19代 
 ▽王座奪取
 1996年 4月 2 9日 vs高田延彦(12:53 三角絞め)
 ▽防衛戦
  1 1996年 6月11日 vs小島 聡(11:51 片エビ固め)
  2 1996年 7月17日 vsR・フレアー(12:54 片エビ固め)
  3 1997年 1月 4日 vs長州力(18:4 片エビ固め)
  4 1997年 2月16日 vs山崎一夫(18:55 片エビ固め)
  5 1997年 5月 3日 vs小川直也(10:20 TKO)
  6 1997年 6月 5日 vs武藤敬司(26:01 片エビ固め)
  7 1997年 8月10日 vs天山広吉(17:9 片エビ固め)


新日離脱後は全日の三冠にも戴冠
 第31代 
 ▽王座奪取
 2003年 2月 23日 vsグレート・ムタ(20:9 片エビ固め)
 ▽防衛戦
  1 2003年 4月12日 vs嵐(17:4 三角絞め)
  2 2003年 6月13日 vs小島 聡(21:54 体固め)


右肩の手術も終え、秋には復帰と聞いていたのでハッスルやビックマウス等での活躍を期待していたのに非常に残念。

ご冥福を祈ります。



Date:2005/07/13/Wed(02:44)  CO:1  TB:3  CA:プロレス・格闘技   

Title  - ケンゾー・スズキ、WWE解雇! -

七夕の日にはあったWWEでの解雇の話。そんな中でケンゾー・スズキの解雇のニュースもあった。

WWEは新たに以下の7人を解雇しました(新WWE リアルタイムの四方山話)

すぐBlogに書こうかとも思ったけどヒロコのコラムを見てからと思ってあたためていたネタでした。

 今週、私達は解雇になった。会社の経営はここのところずっと悪かった。ショーでは毎回空席の上に黒幕が敷かれるし、日本ツアーですら2公演がキャンセルになってしまう。と言っても、日本ほどの経営の悪さは無い。それでも《手遅れになる前に、早めに手を打つ》のが経営者。そうなった場合、ここアメリカで真っ先に切るのが《人件費》だ。契約レスラーの一気《20人切り》に健想は引っかかった。確かに健想は新人では相当の良い給料をもらっていた。ここが日本ならば、それが彼の《評価額》としてそれで済むことだが、ここではそうはいかない。もらう額だけの働きが確実になければならない。それが今回の結果だと思う。(ANOTHER FACE #80 大失恋



コラムは最後かなり前向きな事を書いてあったが心中を察すると辛かろうと思う。
元々ケンゾーは新日→WJで活躍してたけど、ショッパイ試合のため日本ではイマイチだったと思う。ショッパイながらもWWEではオリエンタルムードを出しつつ且つヒロコのアシストを得てそれなりに成功し、怪我していたもののRAWへの移籍も決まっていたのに残念!
2月の日本公演でも人気があり、今後もスパスタとして活躍できると思ったのに…
middle_1107614517.jpg

まぁWWEですら景気が悪いらしくリストラは仕方ないのかも知れない。

今後、ケンゾーとヒロコがどうなるかわからないがケンゾーは忠治の教えの通り「前へ前へ」と猪突猛進で行って欲しい。
Date:2005/07/10/Sun(01:33)  CO:0  TB:0  CA:プロレス・格闘技   

Title  - 新日が3.26両国大会のカードを一部変更 -

2.20で天山から至宝(?)のIWGPが全日に流出しても3.26で挑戦者トーナメント、5.14での挑戦などと呑気な雰囲気だと感じていましたが、結局そうなったかという感じ。【スポーツナビ】 
まぁ、ここ何日かの中邑の行動、小島の対応からして予想できたけど…



新日本プロレスは14日、3.26両国大会と、「BIG FIGHT SERIES 2005」の一部カードの変更を発表した。3.26両国大会で中邑真輔が現王者、全日本プロレスの小島聡に挑戦することが決定。当初行われる予定だった挑戦者決定トーナメントはそのまま行われ、勝者が5.14東京ドーム大会で、小島vs中邑の勝者とタイトル戦を行う。

■NEXESS
(3月26日 両国国技館)

<IWGPヘビー級選手権>
小島聡(王者)vs中邑真輔(挑戦者)

<挑戦者決定トーナメント>
天山広吉vs中西学

<挑戦者決定トーナメント>
蝶野正洋vsX(蝶野のシードの可能性もあり)

■NEXESS
(5月14日 東京ドーム)

<IWGPヘビー級選手権>
小島vs中邑の勝者vs3.26両国のトーナメント勝者



まぁ、今の新日からすると中邑しかいないというのが現状でしょう。
トーナメントのメンバーを見ても天山は休養あけで説得力ないし、BNJの蝶野、中西では新日が取り返すというイメージが沸かないので、消去法で中邑…

個人的には中邑は余り好きじゃない(何度か記事に書いているけど)。まずは体が小さすぎ。Jrヘビーって感じにしか見えない。スペース・ローン・ウルフと言われていた武藤敬司のイメージがダブるのは小職だけだろうか。
中邑は総合経験もあり必殺の関節技もあり器用なんだけど、小柄で相手にやられっ放しのイメージしかない。特にこれまでIWGPを奪取した天山戦ベルトを統一した高山戦は見るに耐えられなかった。あれだけやられまくって、一瞬のスキをついて関節技で勝って「新時代の扉が開いた」と言われてもピンと来ない。勝った姿が余りにも痛々しくて次につながらないと思う。

新日はかっての黄金時代と言える盛り上がりの幻影を追いかけ、迷走しまくっている。
それを打破するのは
 『絶対王者たるエースがスリリングな試合をしつつ必ず勝つ』
 『下克上であり、感動を与える勝利を掴んだ者がエースの階段を昇る』
位しかないのではないのだろうか。
エース不在の新日ではエースを作り上げなければいけないのだろうけど、長州が藤波と名勝負数え唄を繰りひろげたり全日でSWS勢の離脱後に三沢が鶴田に勝ったりしたような劇的なストーリーをうまく作っていって欲しい。
Date:2005/03/15/Tue(00:00)  CO:0  TB:0  CA:プロレス・格闘技   

Title  - ふざけるな!曙 -

昨日記事にした曙のWWE参戦だけど、当の曙はかなりふざけた事を言っていた。【スポーツナビ】

ソウル大会のアジアGPに出場する曙は1回戦で角田信朗(43=正道会館)と対戦するが、関係者によると角田戦で敗れた場合、2年間K―1を封印すると話しているという。

 曙、K-1から離れる気満々じゃないか!

曙についてはK-1参戦からただの腰掛の感が強かったので、かなり穿った目で見ていた。見ててもやる気は感じられないし、動けないのだから当然のごとく全く勝てない。
昔、同じ元横綱輪島が全日本でプロレスデビューした時と比較にならないくらい悲惨な状況である。
ただ曙に集客力があるだけで、K-1に居続けられただけである。しかも今後のソウルGPは復活する角田との対戦という初勝利のお膳立て満載のカードである。

今のK-1の位置づけよりはWWEに行って、ヨコヅナという事で一時チヤホヤされたいという思いであろう。良い条件がある限り、WWEに行くのは良い。
ただお膳立ての試合についても負けてもK-1、2年間封印ってなんだ。角田戦がどっちの結果になっても良い様に発言するなんて。

こんな発言が出るのは、今まで甘やかしたK-1関係者にも問題あるとは思うが…
K-1にとっては自業自得なのか、厄介払いが出来たのか??

参考記事 『曙 VS ビック・ショー
Date:2005/03/13/Sun(00:00)  CO:0  TB:0  CA:プロレス・格闘技   

Title  - 曙 VS ビック・ショー -

曙がとうとうWWE参戦!【日刊スポーツ(キャッシュ)】 しかも初戦がレッスルマニア21とは…

 ちょっと記事にするの遅いけど!

曙(35)のWWE参戦が決定的となった。テレビマッチのスマックダウン大会で身長213センチの巨漢ビッグショーが4月3日、WWE最大の祭典レッスルマニア21(ロサンゼルス)で曙と相撲マッチで対戦することを宣言した。

曙といえば、先日のWWE日本公演で2日にわたってアクションを起こした。小職が観戦した「SMACK DOWN!」では対戦相手となった「ビック・ショー」に誘われリングに上がっていた。
曙がリングに上がったから遅かれ早かれWWE参戦はあるとは思ったが、レッスルマニアの前フリだったのとはちょっと吃驚!

とは言っても曙はK-1転向後今だ未勝利。

2003/12/31 K-1 Premium 2003 Dynamite!!
 曙● 1R 2分58秒 KO ○ ボブ・サップ
2004/3/27 K-1 WORLD GP 2004 in SAITAMA
 曙● 3R判定 0-3 ○武蔵
2004/7/17 K-1 WORLD GP 2004 in SEOUL
 曙● 3R判定 0-0 → 延長判定 0-3 ○張 慶軍 [散打ヘビー級王者]
2004/8/7 K-1 WORLD GP 2004 世界最終予選トーナメント in Las Vegas
 曙● 3R判定 0-3 ○ リック・ルーファス
2004/9/25 K-1 WORLD GP 2004 開幕戦
 曙● 3R 0分33秒 右ハイキック→KO ○レミー・ボンヤスキー
2004/12/31 K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!
 曙● 1R 2分13秒 リストロック→タップアウト ○ ホイス・グレイシー


K-1で通用しないからWWE転向という印象を与えてしまうのは、どうなんだろう。
まずは「K-1 WORLD GP 2005 in SEOUL」で復活角田に勝って弾みをつけるのだろうか。

まぁWWEは使えなければ、そのまま使い捨てにするんだろうけど…
それともサダハルンバがK-1とWWEとの連携を考えているのか?

曙、WWE、サダハルンバ果たして誰がしたたかだったのでしょう、後で検証するのが楽しみな話題です。

参考記事 『SMACK DOWN!観戦
Date:2005/03/12/Sat(00:00)  CO:0  TB:0  CA:プロレス・格闘技   

Title  - 川田、全日退団! -

会社帰りに東スポを読んでいる人を見ると「川田退団」の記事が…
帰宅してネットを検索すると『全日本の川田がフリーに転身 【スポーツナビ】』となっている。

全日本プロレスの川田利明がフリーになることが7日、明らかになった。川田は1982年に入団して以来、23年にわたり同団体に在籍。三冠王座の最多防衛記録V10を達成するなど、全日本を引っ張ってきた。正式な所信表明は8日の会見で行われる予定。

全日本といえば、SWS・NOAH設立時に大量離脱があったが、川田は必ず王道プロレスを守った人物。そんな川田が今この時にフリーとはチョッと複雑な気分。

考えてみれば川田は全日の中で外敵に対して真っ先に向かって行っていた。

-95/10/24 武道館でのゲーリー・オブライト全日初参戦で腕ひしぎ十字固めで撃破
-96/9/11 UWFインター神宮大会での「開国の使者」としての高山善廣戦での快勝
-03/7 橋本・小川との初遭遇 ⇒ ハッスル参戦


三冠王者としての「ジャイアント馬場七回忌追善興行 」参戦、小島との三冠戦での敗北で区切りがついたのか、全日という立場から離れて『俺だけの王道』を貫いていくのでしょう。

今後の川田の活躍に期待です。これまでの全日、ハッスルに加え、ゆくゆくはひろさんも期待しているNOAH参戦もあるでしょう。
フリーとして他の天龍、健介、鈴木、高山(復活したら)との絡みも楽しみだけど、フリーのメンバーがますます勢力が増していくものちょっと考えもの? 川田を含めたフリーのメンバにプロレス界を活性化して欲しいものです。

期待してます。
Date:2005/03/08/Tue(00:00)  CO:0  TB:0  CA:プロレス・格闘技   

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