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Title  - 銀河系散る! -

銀河系チーム、レアル・マドリッドがJリーグ弱小チームに惨敗!



サッカーの国際親善試合、Jリーグ1部(J1)東京V-レアル・マドリード(スペイン)は25日、東京・味の素スタジアムで行われ、東京Vが3-0で快勝した。
 東京Vは前半6分に小林大がゴール左からけり込み先制。同26分にはワシントンが追加し、後半8分にも右CKを山田が頭で合わせるなどスター軍団を圧倒した。
 前日に来日したレアルはブラジル代表ロナウド、イングランド代表ベッカム、スペイン代表ラウルらがそろって先発したが、動きに精彩を欠いた。
スポーツナビ【共同通信社】


レアル・マドリードの世界ツアーの一試合のヴェルディ戦。
流石にアメリカ→中国と移動してきての翌日、しかも台風接近間近の雨では銀河系集団もやる気をなくしたか?

ここ数年続いているレアルのアジアツアー。アジアツアーを始めてからリーガ・チャンピョンズリーグで勝てなくなるという悪いところだらけなのに、お金になるなら毎年でも来る守銭奴のようなチーム。(チャンピョンズリーグを勝ち進んだ方がよっぽど金になるような気もするけど)
そんな訳で全くのノーマークの試合だったけど、会社帰りにレアルのレプリカユニフォームを着ている人を見て試合の存在を思い出したくらいだった。レアルが順当に勝ったかと思いきや弱小ヴェルディが勝ってしまっていた。レアルに勝つ位ならリーグ戦ガンバレと言いたい。

この天気の中でも3万の観客が集まったそうな。レアルが来たにしては少なかったかもしれないけど…

レアルも本腰入れてチーム力を強化して欲しい。今やどこかの国の金満プロ野球チームと変わらない。
'98のトヨタカップを観戦した身には今の状況は寂しすぎるから…

ちなみに両チームの公式HPでの試合の結果は以下のように報じていた。

 東京ヴェルディ:Life CARD CUP レアルマドリード ワールドツアー2005 イン ジャパン
 Realmadrid com:3-0: 疲労蓄積により、プレ・シーズン初の黒星を喫す

Realmadrid comの翻訳は酷すぎる!

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Date:2005/07/26/Tue(02:17)  CO:0  TB:8  CA:サッカー   

Title  - 37歳原田健在!2年ぶりV -

ジャンプ界にとって喜ばしい事なのかどうか?



<スキー・サマージャンプ:サンピラー国体記念大会>◇24日◇名寄市ピヤシリシャンツェ(HS100メートル、K点90メートル)

 37歳の原田雅彦(雪印)が2回とも93メートルを飛び、合計244・5点で2年ぶり2度目の優勝を果たした。2位は葛西紀明(土屋ホーム)で243・0点だった。
(日刊スポーツ)
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長野五輪以降全く世界に歯が立たないジャンプ。昔から言われていたが若手が出てこないので昔の名前で出ていますとばかりに、原田、葛西、岡部、船木がまだまだ話題にのぼっている。しかも原田はここ2年ワールドカップにも出ていない。そんな人が大会に優勝してしまうのだから来年のトリノに期待するのはムリなのか…

とは言っても原田の活躍はチョッピリ嬉しい。同年代の「野茂の戦力外通告」「高津の戦力外通告」「三浦カズの横浜FC電撃移籍」という寂しい話題があったから。
30半ばでもまだやれると言うところは随所に見せて欲しい。


Date:2005/07/24/Sun(23:50)  CO:3  TB:0  CA:ジャンプ   

Title  - DESTINY 2005雑感 -

暫く更新していないうちに色々な事があったけど、7/18にあったNOAHの東京ドーム大会「DESTINY 2005」の雑感を…

当初見に行くか迷いに迷ったが、結局WWEの公演を見に行ったので今回はテレビ観戦のみとした。
7/18の深夜の2時間半の特番で、日テレも久々に力を入れたプロレス中継という感じだった。内容は最後の3試合を中心にうまくまとまっていたと思う。メインの三沢VS川田の試合が最初というのはチョッと意外だったけど。

見た順に簡単な感想を…

『三沢 光晴○ VS ●川田 利明』
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昔の全日時代での名勝負の再現。結果は順当に三沢の勝ち。
久々に三沢の顔面攻撃を受けての信じられない鬼の形相での起き上がりが何度も見られた。
三沢VS川田は最後はチョッピリ物悲しく感じるのも昔さながらだった。

それにしても三沢は最近懐古の傾向にあるのが悲しい。故冬木、天龍、越中、川田といって対戦したけど、結局単発に終わっているような気がする。

『小橋 建太○ VS ●佐々木 健介』

剛腕対決と言われた2人の初対戦。途中2人の延々と続く水平チョップの打ち合いが見事だった。

『小川 良成● VS ○天龍 源一郎 』

元天龍同盟同士、師弟関係の対戦。小川がGHCの王座につこうが、天龍が貫録勝ち。呆気なく終わった対戦だったが、天龍が小川に肩をかし、一緒に花道を引き上げて締まった感じになった。

気になったのはセミもメインも試合後マイクを握ったのが敗者の佐々木と川田で勝者のNOAH本隊の小橋、三沢は観客にアピールしなかった点だ。小橋は兎も角、三沢にはもう少しアピールして欲しい所だった。テレビで見ていただけなので、実際の会場でどうだったかは不明だけど…

他の試合はダイジェストだったけど、ムシキング・テリーの参戦もあり子供を惹きつけたのが功をそうしたのか6万2000人を動員したらしい。
他の団体もこの興行を見習って欲しいと痛感した。

Date:2005/07/24/Sun(23:20)  CO:0  TB:1  CA:プロレス・格闘技   

Title  - Good-Bye Forever 橋本真也 -

破壊王、橋本真也が7/11に急逝。

“破壊王”のニックネームで親しまれたプロレスラーの橋本真也さんが11日午前、横浜市内の市立大付属市民総合医療センターで死去した。40歳だった。死因は脳幹出血とみられる。

11日の午前9時前に橋本氏から所属事務所に「頭がフラフラする」と電話があり、救急車で運ばれたときには、すでに心肺停止していたという。伊藤弁護士によれば、「以前から不整脈があり、心臓が原因ではないかと思った」というが、診断の結果、死因は脳幹出血とされた。(スポーツナビ




同じスポーツナビに橋本真也の経歴紹介があったので引用。

■橋本真也(はしもとしんや 本名同じ)
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1965年7月3日生まれ。岐阜県土岐市出身。愛称は「破壊王」。得意技はキック、袈裟切りチョップ、垂直落下式DDT 。高校時代から柔道で活躍し、84年4月に新日本プロレスに入門。同年9月1日に練馬区南部球場での後藤達俊戦でデビューした。87年に海外遠征へ出発し、帰国した89年から同期の蝶野正洋、武藤敬司とともに“闘魂三銃士”として活躍。新日本プロレス時代には第11代、第14代IWGPヘビー級王座に君臨し、98年にはG1 CLIMAX初優勝を飾った。00年4月7日の東京ドーム大会で小川直也に敗れ、一度は引退したが、ファンの復帰嘆願を受けて引退を撤回。同年10月9日の東京ドーム大会で復帰した。しかし、試合後、橋本は独立を宣言し、11月13日付で新日本プロレスを解雇。新団体「ZERO-ONE(ゼロワン)」を設立し、01年3月には、元新日本の大谷晋二郎らと旗揚げ戦を行った。その後はノア、全日本プロレスなど他団体に進出し、03年には三冠ヘビー級王座を獲得するなど順調なレスラー生活を送り、04年1月からは新イベント「ハッスル」に参加。盟友小川直也とともに“ハッスル・キング”として活躍した。04年9月に長年酷使してきた右肩の故障で長期離脱していたが、突如11月25日にZERO-ONEの活動停止を宣言。会社の負債を自ら被った橋本は、右肩の手術に踏み切りフリーのプロレスラーとして復帰を目指していたが、05年7月11日、脳幹出血により40歳の若さで急死した。04年8月31日に藤原喜明とタッグを組み、NWAインターコンチネンタルタッグ王者の大谷晋二郎と大森隆男組と対戦したのが最後の試合となった。


橋本は闘魂三銃士の中で一番新日に貢献していたと思う。武藤はムタをやったりかなり好き勝手な事をやっていたし、蝶野は組織内で反体制をやる事で人気があったのに対し、橋本は本隊の中でしっかり長州体制を守っていたと思う。
それが過去の対戦の結果を見ても明らか。

 橋本VSトニー・ホーム
 橋本VS天龍源一郎
 橋本VS小川直也  
  それぞれ何度も対戦して勝ったり負けたりしていた。

3度のIWGP戴冠
 第14代 
 ▽王座奪取
 1993年9月20日 vsグレート・ムタ(20:30 片エビ固め)
 ▽防衛戦
 1 1993年12月10日 vs武藤敬司(28:57 片エビ固め)
 2 1993年12月13日 vsP・ウォリアー(25:17 片エビ固め)
 3 1994年 1月 4日 vs蝶野正洋(28:00 片エビ固め)
 4 1994年 3月21日 vsS・ノートン(18:55 片エビ固め)

 第16代 
 ▽王座奪取
 1994年 5月 1日 vs藤波辰爾( 6: 0 4 体固め)
 ▽防衛戦
  1 1994年 6月 1日 vs藤原喜明(12:15 片エビ固め)
  2 1994年 6月15日 vs長州力(10:52 片エビ固め)
  3 1994年 9月23日 vsP・ウォリアー(19:08 片エビ固め)
  4 1994年 9月27日 vs蝶野正洋(13:48 裏十字固め)
  5 1994年12月13日 vs馳浩(29:11 片エビ固め)
  6 1995年 1月 4日 vs佐々木健介(19:36 片エビ固め)
  7 1995年 2月 4日 vs天山広吉(17:2 片エビ固め)
  8 1995年 2月19日 vsS・ノートン(15:35 逆肩固め)
  9 1995年 4月16日 vsL・S・リーガル(19:03 腕ひしぎ逆十字固め)
 ※王座返上。

 第19代 
 ▽王座奪取
 1996年 4月 2 9日 vs高田延彦(12:53 三角絞め)
 ▽防衛戦
  1 1996年 6月11日 vs小島 聡(11:51 片エビ固め)
  2 1996年 7月17日 vsR・フレアー(12:54 片エビ固め)
  3 1997年 1月 4日 vs長州力(18:4 片エビ固め)
  4 1997年 2月16日 vs山崎一夫(18:55 片エビ固め)
  5 1997年 5月 3日 vs小川直也(10:20 TKO)
  6 1997年 6月 5日 vs武藤敬司(26:01 片エビ固め)
  7 1997年 8月10日 vs天山広吉(17:9 片エビ固め)


新日離脱後は全日の三冠にも戴冠
 第31代 
 ▽王座奪取
 2003年 2月 23日 vsグレート・ムタ(20:9 片エビ固め)
 ▽防衛戦
  1 2003年 4月12日 vs嵐(17:4 三角絞め)
  2 2003年 6月13日 vs小島 聡(21:54 体固め)


右肩の手術も終え、秋には復帰と聞いていたのでハッスルやビックマウス等での活躍を期待していたのに非常に残念。

ご冥福を祈ります。



Date:2005/07/13/Wed(02:44)  CO:1  TB:3  CA:プロレス・格闘技   

Title  - ケンゾー・スズキ、WWE解雇! -

七夕の日にはあったWWEでの解雇の話。そんな中でケンゾー・スズキの解雇のニュースもあった。

WWEは新たに以下の7人を解雇しました(新WWE リアルタイムの四方山話)

すぐBlogに書こうかとも思ったけどヒロコのコラムを見てからと思ってあたためていたネタでした。

 今週、私達は解雇になった。会社の経営はここのところずっと悪かった。ショーでは毎回空席の上に黒幕が敷かれるし、日本ツアーですら2公演がキャンセルになってしまう。と言っても、日本ほどの経営の悪さは無い。それでも《手遅れになる前に、早めに手を打つ》のが経営者。そうなった場合、ここアメリカで真っ先に切るのが《人件費》だ。契約レスラーの一気《20人切り》に健想は引っかかった。確かに健想は新人では相当の良い給料をもらっていた。ここが日本ならば、それが彼の《評価額》としてそれで済むことだが、ここではそうはいかない。もらう額だけの働きが確実になければならない。それが今回の結果だと思う。(ANOTHER FACE #80 大失恋



コラムは最後かなり前向きな事を書いてあったが心中を察すると辛かろうと思う。
元々ケンゾーは新日→WJで活躍してたけど、ショッパイ試合のため日本ではイマイチだったと思う。ショッパイながらもWWEではオリエンタルムードを出しつつ且つヒロコのアシストを得てそれなりに成功し、怪我していたもののRAWへの移籍も決まっていたのに残念!
2月の日本公演でも人気があり、今後もスパスタとして活躍できると思ったのに…
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まぁWWEですら景気が悪いらしくリストラは仕方ないのかも知れない。

今後、ケンゾーとヒロコがどうなるかわからないがケンゾーは忠治の教えの通り「前へ前へ」と猪突猛進で行って欲しい。
Date:2005/07/10/Sun(01:33)  CO:0  TB:0  CA:プロレス・格闘技   

Title  - オリンピック競技から野球・ソフトボールが除外! -

先日、'12夏季五輪の開催地がロンドンに決まって華々しい話題があったが、今度は競技削減の対象として野球・ソフトボールに決まった。

 【シンガポール8日共同】2012年ロンドン五輪の実施競技から野球、ソフトボールの除外を決めた国際オリンピック委員会(IOC)は8日夜、シンガポールでの総会で両競技に代わる新実施競技の採否を投票に諮ったが、最終候補に残った空手とスカッシュは採用に必要な賛成票を得られず見送りとなった。この結果、12年ロンドン五輪は、2000年シドニー五輪から08年北京五輪までの28競技より2競技減の26競技で開催されることになった。(日経スポーツ
ロス五輪から金儲けのための大会言われ続け、新規競技がドンドン増えていったのにやっと歯止めがかかった。削減の噂のあった近代五種、野球、ソフトボールのうち日本のメダルの可能性が高かった野球、ソフトボールが対象になってしまった。

野球、ソフトボールとも世界から見ればマイナー競技には違いない。
ソフトボールはオリンピックで世界一を決めるのに相応しい感じだったが、野球はプロ解禁になっても大リーガーは参加しないは日本だってベストメンバーで毎回望んではおらず、世界一を決める大会とは言えなかった。そういう意味ではソフトボールは見た目野球と変わらないから、野球の悪いところの割を食った感じもしないでもない。

ちなみに野球・ソフトボールのオリンピック成績は以下の通りで、ほぼ確実にメダルが取れていた競技。

             野球      ソフトボール
 '92 バルセロナ   銅メダル      -
 '96 アトランタ   銀メダル     4位入賞
 '00 シドニー    4位入賞      銀メダル
 '04 アテネ     銅メダル     銅メダル


今回の決定は事実と受け止めて、今後は両競技とも世界中に普及していくようにしてオリンピックでの競技復活として欲しい。
その時は世界一を決定するような形になって欲しい。

Date:2005/07/09/Sat(01:31)  CO:0  TB:4  CA:オリンピック   

Title  - '12五輪ロンドン開催決定、そして… -

2012年の夏季五輪の開催地がロンドンに決まった。

大都市中心の立候補だったせいか、五輪招致にありがちなメダリストやベッカムが参加していた他にブレア英首相、シラク仏大統領などのサミット直前の主席のロビー活動もありでかなり話題となった中、最有力のパリを破り、ロンドンに決まった。


  国際オリンピック委員会(IOC)は6日、シンガポールで開いた第117回総会で、二○一二年夏季五輪開催都市にロンドンを選んだ。英国の首都ロンドンは、決選投票で最有力といわれたパリを54票―50票の小差で破り、一九○八年、四八年大会に続き、64年ぶり3度目の開催を勝ち取った。五輪を3度開催するのはロンドンが初めて。

 マドリード、モスクワ、ニューヨークを加えた世界の五つの大都市が立候補し、空前の激戦となった。IOC委員による投票は過半数を獲得する都市が出るまで最少得票の都市をふるい落として続ける方式で行われた。1回目にモスクワ、2回目にニューヨークが落選。2回目に最多得票を得たマドリードが3回目に最下位に落ちて落選する波乱の展開となった。ロンドンは各回の投票ごとに得票数を着実に伸ばし、決選投票で本命視されていたパリに競り勝った。(デイリースポーツ

0706ne08.jpg



ちなみに本命視されていたパリだけど'92(バルセロナ)、'08(北京)の開催地候補でも落選している。それぞれの招致活動でシラク大統領は参加していたらしいが、全て失敗('92招致時はパリ市市長)。大相撲好きなシラク大統領だけど、五輪には悉く嫌われた模様。


ロンドン五輪が決定した翌日、なんとロンドンで地下鉄・バスの同時テロが発生。アルカイダの犯行声明もあるみたいだけど、テロはよくないと思う。これでサミット参加主席達が「テロに屈せず…」的な目には目をのような行動をとり更なる犠牲者を出さないと良いけど。

Date:2005/07/08/Fri(02:23)  CO:2  TB:1  CA:オリンピック   

Title  - WWEスーパーショー観戦 -

7/2のWWEスーパーショーに行ってきました。
WWEの観戦はこれで4回目。今回はSMACK DOWNの公演の筈がスーパーショーに変更。お陰で色々なスパスタを見れて好都合だった。

シェイン・マクマホンの怪しげなステップとともにショーの開幕だった。

『ビッグショー、曙○ VS カリート・カリビアン・クール、●マット・モーガン』

初っ端から曙の試合。前日セコンドについた曙にはブーイングの嵐だったので、どうなる事かと思った。
試合はビッグショーとモーガンで開始。曙はなかなかカットに入れず次第にブーイングが… なんとビックショーが7分も孤軍奮闘。やっとタッチした曙はこれまでのK-1での動きとは違う軽快な動き。ものの見事にバンザイアタックでモーガンを体固め。
曙の日本プロレス初戦としては見事な結果。いつ化けの皮がはがれるか…

WWEクルーザー級タイトルマッチ 3WAY戦
『王者ポール・ロンドン○ VS ●挑戦者チャボ・ゲレロ VS ●挑戦者フナキ』


3人とも試合巧者なので試合は引き締まっていた。最後はロンドンがフナキを仕留めたが、フナキは日本公演でいつも良い試合を見せてくれる。

『シェルトン・ベンジャミン● VS ○クリス・ベノワ』

ベンジャミンも粘ったが最後はクリップラークロスフェースでタップ。日本ではやはり人気のベノワ、喝采を浴びていた。

『TAJIRI○ VS ●ムハマド・ハッサンwithカズロ・ダヴァリ』

これぞアメリカンプロレスという勧善懲悪の試合。ダヴァリが最高の動きをしていた。日本で言えばワカマツや星野勘太郎のような感じ。試合はあっさりTAJIRIが毒霧から勝利。

『レイ・ミステリオ○、アンダーテイカー○、ケイン○ VS ●エディ・ゲレロ、●カート・アングル、●エッジwithリタ』

スーパーショーらしい試合。登場は6人バラバラだがそれぞれ風格がある。試合はヒール組はベビーフェース組のテイカー・ケインを恐れなかなか試合にならない。それでも組合えば試合巧者の6人、昔の全日(NOAH離脱前)の6人タッグを見るかのようだった。最後はヒール組の3人にミステリオの619⇒アンダーテイカーとケインはそれぞれアングル、エッジにチョークスラム。ミステリオもエディにスプリングボードレッグドロップを決め、3人同時にフォールを奪って勝利。
試合後はケインから促され、ケインのコスプレをしたファン通称”さいたまケイン”がリングに登場してた。

ここで休憩…

WWEヘビー級タイトルマッチ ハンディキャップ戦
『王者ジョン・シナ○ VS 挑戦者●JBL、オーランド・ジョーダン』


WM21で王者となったシナ。JBL軍に攻められたが最後は必殺FUでJBLに勝利。イマイチFUで倒せるのか疑問だけど…
シナは流暢な日本語でコヒー牛乳呑んでいた。
FUで倒されたJBLは蘇生すると3カウントに抗議。挙句にはリングサイドにいたリッキー・スティンボードにまで抗議していた。リッキーはリングにあがりJBLにカウンターチョップを見舞った。リッキーは南海の黒豹の面影はなく、太ってしまっていてショックだった!

『ショーン・マイケルズ○ VS ●クリス・ジェリコ』

この日最長の試合。2人とも軽量なのでなかなか決めきれない。途中かなりだれてしまったのが正直な感想。
それにしてもジェリコのウォールオブジェリコ、あんな古典的な技でタップをとるのはWWEは摩訶不思議な世界である。最後はマイケルズのスイートチンミュージックで勝利。観客の盛り上りは凄かった。

世界ヘビー級タイトルマッチ
『王者バティスタ○ VS 挑戦者●HHH with リック・フレアー』


かつてエボリューションの同志だった2人の対戦。HHHは流石の貫禄。それに引換、まだバティスタはイマイチ風格が感じられない。だが今は立場は逆。
試合は途中HHHがバティスタを金属製の階段にたたきつけ階段が壊れ、さらにONになったマイクで頭を殴りつけたため、場内には「ゴン」という鈍い音が大音響で響き渡った。壊れた階段を両者持っていたがかなり重かったようだった。階段の攻撃でHHHは流血。HHHはイスの上へのペディグリーを狙うが、バティスタがこれを切り返し、イスの上にスパインバスターで勝利。
敗れたHHHはレフリーに連れられて引き上げると思ったらリングに戻った。何をするかと思ったらバティスタと握手⇒抱き合った。

それで会場は大盛り上がり。バティスタがベルトを誇示し観客と盛り上りを見せた。

im00016634_1.jpg


最後はHHHのイキな行動で締まった感じになった。
曙の日本初試合、テイカー&ケインのタッグ、HHHの圧倒的な存在感を見て充分満足でした。

 ※試合詳細等はスポーツナビ


Date:2005/07/05/Tue(00:00)  CO:10  TB:1  CA:観戦記(プロレス)   

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